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暗黙のルールや社会的常識がわからなくて嫌われる人は世のため人のためになることだけを考えればいい件

2020年10月07日 公開

この世界には暗黙のルールや社会的常識というものが存在しています。暗黙のルールや社会的常識を無視すると嫌われることが多いです。

暗黙のルールや社会的常識がわからなくて嫌われる人は世のため人のためになることだけを考えればいい件をお伝えします。

暗黙のルールや社会的常識とは何か?

暗黙のルールや社会的常識とは、多数派の意見だと私は考えています。一定以上の多数派が「正しい」「最適」だと思う考え方が常識となり、それが暗黙のルールや社会的常識になっていくわけです。

常識については「常識とは多数派の意見に過ぎないので非常識扱いの少数派は適当に空気を読んだり読まなかったりすればいい件」も参考にしてください。

暗黙のルールや社会的常識が必ずしも正しいとは限らない

暗黙のルールや社会的常識は多数派の意見であるので、必ずしも真理というわけではありません。暗黙のルールや社会的常識が必ずしも正しいとは限らないことはあります。

なので、暗黙のルールや社会的常識が真理ではない場合は、人から嫌われようが暗黙のルールや社会的常識を必ずしも守る必要はないわけです。

暗黙のルールや社会的常識が理に適っていることは多い

しかし、暗黙のルールや社会的常識というものは多数派の意見なわけで、やっぱり理に適っていることが多いわけです。暗黙のルールや社会的常識を守ることが真理なケースの方が多いなと個人的にも思います。

だから、暗黙のルールや社会的常識というものが守れない人は、自然と嫌われたり、変な人扱いされたりするわけです。

暗黙のルールや社会的常識を知っておくと生きやすくなる

実を言うと私も暗黙のルールや社会的常識というものがわからないタイプでした。今でも「何でこれが暗黙のルールなの?」「何が社会的常識なの?」と思うことは多いです。

しかし、私の知り合いに私よりも暗黙のルールや社会的常識をわからない人がいます。私は後天的に暗黙のルールや社会的常識を学んだタイプです。その私がその人の行動を見て「この暗黙のルールは守らないといけないだろう」と思ったわけです。

暗黙のルールや社会的常識というものがわからない人であっても、暗黙のルールや社会的常識を知っておくと生きやすくなるなとわかったわけです。

暗黙のルールや社会的常識がわからない人は後天的に学ぼう

多数派の人ならすぐに暗黙のルールや社会的常識を察することができますが、少数派の人が多数派の意見である暗黙のルールや社会的常識を察するのはとても難しいです。

しかし、暗黙のルールや社会的常識というものは後天的に学ぶことが可能です。というか正しい暗黙のルールや社会的常識を守れないと人から嫌がられたり、指摘されたりするはずです。

このときに「ムカつく」とか思うのではなく「これが正しい暗黙のルールってやつか」「これが正しい社会的常識か」と考えて学習することが重要です。

いくら暗黙のルールや社会的常識がわからない人でも、正しい暗黙のルールや社会的常識を後天的に学んでいけば、同じことで失敗するリスクは減るはずです。同じ轍を踏むことはなくなるわけです。

暗黙のルールや社会的常識がわからない人は世のため人のためになるかを考えよう

後天的にどれだけ正しい暗黙のルールや社会的常識を学んでも、初見の暗黙のルールや社会的常識に対応することはできません。また、初見なので暗黙のルールや社会的常識が正しいのか間違っているのかも判断しなければいけません。

初見の暗黙のルールや社会的常識の対応に迫られたときに考えたいのが「世のため人のためになることは何か」と考えることが大切です。

「世のため人のためになることは何か」を考えれば、利己的な考え方から脱却して利他的な考え方になるので、正しい判断をしやすくなるからです。

暗黙のルールや社会的常識が正しくて自分が間違っている場合は修正できる

今回対応する「暗黙のルールや社会的常識が正しくて自分が間違っている」場合には、自分が間違っていると気づきやすくなります。これは自分が間違っているのだから正しい考え方に合わせるしかありません。

暗黙のルールや社会的常識が正しくて自分が正しい場合は真理を貫ける

一方、今回対応する「暗黙のルールや社会的常識が間違っていて自分が正しい」場合にも「世のため人のため」になることを考えれば、自分が正しいと確信できています。

なので、暗黙のルールや社会的常識を守らずに非難されようが、自分の正義(真理)を貫くことができるようになるわけです。また真理を曲げずに軋轢が生じないようにうまく対応することも可能となります。

「自から省みて疚ましからずんば、千万人といえども、吾れ行かん」

ということが実践できるわけです。自分が暗黙のルールや社会的常識から外れていることが理解できていながらも、暗黙のルールや社会的常識がそもそも正しくないので、自分の正義を貫くことができるので、人から嫌われようが気にしなくなれるわけです。

実際のところ、自分が間違っているとわかっているのに間違った行動をするときほど心が痛むことはありません。暗黙のルールや社会的常識への対応で心が痛むのはこのパターンなわけです。

暗黙のルールや社会的常識とはあくまで多数派の意見なので、その時代や時勢に合わせて変わるわけです。その時代では正しくても本質的には間違っているということは往々にしてよくあるお話です。

このことを知っておかないと自分が間違った決断をしてしまう可能性があるわけです。でも、多くの人はこの2パターンを同じに考えるからいけないわけです。暗黙のルールや社会的常識が絶対に正しいと思いこんでしまっているのです。

暗黙のルールや社会的常識が正しいと多くの人が言おうが、正しくないことは正しくないわけです。正しくないことでも正しいと思うのはダメなのです。正義と真理を貫きましょう。

なので、初見の暗黙のルールや社会的常識の対応に迫られたときは、何が「世のため人のためになるのか」を常に考えることが重要なわけです。

また、「世のため人のためになるのか」を考えることは、これまでは正しいと思っていた暗黙のルールや社会的常識が本当に正しいかどうかを考えるときにも役立ちます。

世のため人のためについての理解は「病んだり苦しむために生まれた?人間が生まれた本来の使命はこの世の進化と向上を現実化するためな件」も参考にしてください。

感想

社会には暗黙のルールや社会的常識というものがあります。暗黙のルールや社会的常識を無視して生きると嫌がられることが多いわけです。

しかし、暗黙のルールや社会的常識は理に適っていることが多いので、暗黙のルールや社会的常識が正しくて自分が間違っていることも多いわけです。こんなときは暗黙のルールや社会的常識に自分を合わせていきましょう。

ただし、暗黙のルールや社会的常識が間違っていることも割とあります。この場合は何が世のため人のためになるのかを考えて、自分の正義と真理を貫くことが大事です。

暗黙のルールと社会的常識が正しいのか間違っているのかを常に考えることが大事です。正しいことは何か?真理は何か?常に考えましょうぜ。

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