不幸な人には同情するべき?積極的な心で人と接することが大事な件

2020年10月16日 更新2020年10月16日 公開

あなたは人と接するときに積極的な心でいますか?不幸な人に同情していませんか?人は人の世界で生きているので、積極的な心で人と接することが大事な件をお伝えします。

人は人の世界で生きている

「人間である以上、山中にでも隠遁の孤独生活をしていない限りは、絶えず自己以外の人と相接しまた交際する。がその時である。場合の如何をとわず、また事情の如何をとわず、積極的の心を断じて崩さないように心がけることである。即ち、どんなことがあっても、心の明るさと、朗らかさと、活々とした勇ましさを失わないように、心がけるべきである。(中村天風、真人生の探求p161)」

人間が普通の生活を送る場合、常に自分以外の人と接します。仙人のように山の中でネットも遮断された隠遁生活や、無人島にたった1人で生活でもしない限り、人と接せずに生活するのは無理なのです。

ここがすごく大切だと思うのですが、「自分は孤独だ」と思っている人であっても、必ず人と接した生活をしているということです。人は人の世界に生きているということです。

スーパーやコンビニにご飯を買いに行かないといけないし、宅配で済ませると言っても宅配する人と接していることになるわけです。

ネットでやり取りをすることも、人と接しているのと同じです。つまり、完全に人と接しない生活なんて難しいわけです。

積極的な心で人と接する

だからこそ、どんな場合や状況であっても、人と接するときは、常に積極的の心であるように心がけることが大切です。

つまり、どんなことがあったとしても、心の明るさ、朗らかさ、活々とした勇ましさを無くさないように心がけるべきなのです。

積極的な言葉だけを使おう

「特に不健康の人や、悲運の人に接する際は、鼓舞、奨励以外の言葉は口にしないように注意することである。(中村天風、真人生の探求p162)」

病気の人や不幸な人と接するときは、その人を励ますような、積極的な言葉だけを使うようにしましょう。病気の人や不幸な人が消極的な言葉を使ったとしても、自分だけは積極的な言葉だけを使うのです。

不幸な人に同情して、消極的になる必要はない

「同情ということは、人間の為さねばならない当然の美徳ではある。しかしその美徳である同情の垣を越えて、相手方の気持の中に引きずり込まれて、同じように、消極的な気持にならなければならないという、間違った義務が一体どこにあるであろうか?(中村天風、真人生の探求p162)」

病気の人や不幸な人と話すと、消極的な話になりがちです。不幸話ばかり話すことが多いからです。

そして、人の不幸話には同情することが普通だと考えられています。不幸な人と同じ気持ちになり、悲しんだり、泣いたり、怒ったりしてあげることが、当たり前だと考えられているのです。

厄介なのは、そうやって同情してくれて、一緒に悲しんだり、泣いたり、怒ったりする人の方が優しい思いやりの人だと思われることです。間違った優しさが当たり前だと思われているのです。

もちろん、同情というのは人間がするべき美徳ではあります。しかし、美徳である同情の限界を超えて、不幸な人と同じような消極的な気持ちになってはいけないのです。

不幸な人と同じような消極的な気持ちにならなければならない、というような間違った義務なんてないのです。病気の人や不幸な人がいたら同情はするべきですが、一緒に悲しむ義務なんてないのです。それは間違った常識なのです。

「ただ一人の人生事実のために、一人ならず二人までが、消極的の気分になり、延いてその周囲の雰囲気迄消極化してしまうという事実結果があることを知ったなら、かりそめにも真理を人生の宝とするお互いなら、これこそ誠に大きい失錯だと気づく筈である。(中村天風、真人生の探求p162)」

たった1人の不幸な人のために、周囲の人まで消極的な気持ちになり、周囲まで消極的な状態になってしまう事実があります。

1人だけの不幸で済んでいたのに、間違った同情をしたことで、不幸な気持ちになる人が2人にも3人にも増えてしまうわけです。不幸や消極的な気持ちが連鎖してしまっているわけです。負の同情スパイラルとも言えます。

この事実に気づいたら、不幸な人と同じような消極的な気持ちになることは、失敗だったと気づくはずです。失敗に気づいたら、あとは成功するだけですよ。

本当の同情とは

「不健康の人や薄幸の人々には、大いに同情するべきであるが、同時に真の同情の発露として、適当な鼓舞と奨励とをその人々の心に与えてやり、少しでも、その人々の心に積極的の暗示となるものを、心の糧として贈ってやることこそ、最も尊厳な人間的行為である。(中村天風、真人生の探求p162)」

もちろん、病気の人や不幸の人には、同情をしてあげることも大切です。しかし、本当の同情をするのであれば、病気の人や不幸の人に対して積極的な暗示となるような、積極的な言葉を使うことが大切です。

その人に合わせた励ましの言葉、その人が積極的になれるような良いことを勧めることが重要なのです。これこそが、最も尊い人間の行為なのです。

感想

どれだけ「自分は孤独だ…」と思っていても山中で仙人のような生活をしたり、無人島に1人で生活でもしたりしない限り、人と接することは避けられません。ネットだって人と接しているのと同じです。

このように人は、常に人と接して生きているからこそ、対人精神態度は常に積極的でいることが大事なのです。

また、不健康な人や不幸な人と同じような消極的な気持ちになってはいけません。それよりも、不健康な人や不幸な人の心が積極的になるような、積極的な言葉だけを使いましょう。

私もこれまでは、同情というものは一緒に悲しんであげることだと思っていました。でも、間違った同情だったのですね。実際、間違った同情をしても、相手だけでなく自分さえも嫌な気持ちになるだけですからね。

でも、本当の同情とは、不幸な人の話を聞いて同情したとしても、不幸な人を積極的にしてあげることです。本当の同情をするためにも、病気の人や不幸な人にほど、積極的な言葉だけを使うようにしましょう!

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