集中と執着の違いとは?「心→現象」ではなく「心←現象」が本当の集中である件

2022年01月31日 公開

あなたは「集中」と「執着」の違いを知っていますか?心を現象に向けず(心→現象)に、現象を心に向ける(心←現象)ことが本当の集中である件をお伝えしたいと思います。

集中と執着の違い

「心の前に現れた事物現象なり、または仕事などに、他意なく一心不乱に心が注がれる状態を言うのだと考えているようだが、それは大変な間違いなので、それは精神統一の枢要条件である集中ではなく、傾注であり、執着であり、極限すれば凝滞であり、放心なのである。
真正の精神統一とは、心の前に現れた事物現象その他の事柄を、心の中に集約集中させること(中村天風、真人生の探求p210)」

心の前に起きた現象や仕事に心が向けられることを、精神統一と考えるのは間違いです。これは精神統一の「集中」ではなく「執着」です。「傾注」「放心」とも言えます。

本当の精神統一である「集中」とは、心の前に起きた現象や事柄を、心の中に集中させることなのです。心の向きが、どちらにあるかを考えるとわかりやすいです。

心→事物=執着(傾注)
心←事物=集中(統一)

真人生の探求p210」の図を見ると、一目瞭然でわかるかと思います。ぜひお読みください。

心を現象に向けず、現象を心に向ける

心を「集中」させたいのであれば、心を現象に向けるのではなく、現象を心に向けるのです。そうじゃないと、心の前に起きた現象に、心が常に奪われることになるわけです。

× 心→現象
○ 心←現象

美人やイケメンを見てしまうのは「執着」

私も美人がいると目で追ってしまうことが多いですが、これぞまさに「執着」ですwまた、別れた恋人のことを、未練たらたらで思っているのも「執着」ですね。

消極的な人がいつまでも、自分の不幸や不健康のことを思い悩み、気にしているのも「執着」なわけです。私はこれまでどれだけ、多くの過去や人生に執着していたんだろうかと反省しました。

ゲームに熱中してしまうのも「執着」

仕事や勉強をほったらかしでゲームをするのも、「集中」ではなく「執着」ですね。今まさに仕事をやらなくてはいけないとわかっているのに、ゲームのことを考えているのが「執着」です。

スマホゲームのおかげでゲームに「執着」する人も増えましたね。私なんぞは、これまでどれだけゲームに執着してきたことでしょうか。小学生の頃なんて土日ずっとゲームやってたわ。

「集中」のつもりでも「執着」のことがほとんど

多くの人が「集中」だと思っていることは、大抵の場合「執着」なわけです。これが精神統一なら、誰も修行しなくてもいいですもんね。誰でもできるわけですから。「集中」と「執着」は正反対のものなのです。

本当の精神統一とは?

「精神統一とは、心を心の対応するものに捉わしめるのではなく、心にそれを完全に捕捉すること(中村天風、真人生の探求p211~212)」

本当の精神統一とは、心の前に起きている現象に心をとらわれることではありません。心の前に起きている現象を、心の中にとらえることなのです。

感想

これまで自分が「集中」だと思っていたことが、「執着」だったと気づいてびっくりしました。精神統一できているつもりが、まるでできていなかったのです。

これまで目の前の事柄に心を向けていましたが、心の中に事柄をとらえることが大事なのです。そして、必要に応じて心の中の事柄を切り替えられるようにすることが重要です。

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