神経叢とエネルギーの関係は?活力は失うときは瞬間的で無限、受け入れるのは時間的で有限に注意したい件

2021年06月11日 公開

クンバハカを理解する上で重要なのが、神経叢やエネルギー(活力)の関係です。また、エネルギー(活力)は失うときは瞬間的で無限、受け入れるのは時間的で有限であることに注意したい件をお伝えします。エネルギーをむやみに失ってはいけないのです。

神経叢とは

「神経叢とは、分かり易くいうと、生命維持に必要とする活力の貯蔵処なのである。そして、この神経叢は、体内枢要部の各所に相当夥しく散在している。俗に急所と称する部処は、おおむねこの神経叢の在る処だと思って差支えない。
そして、この神経叢の中で一番密度を高度に保有しているところは、心窩(しんか)、俗にいう(みぞおち)で、解剖学的にいえばplexus phrenicus則ち横隔膜神経叢の在る処である。だから、この心窩部には、一番多量に活力が保留されているのである。
現に、古来から武術の方では、この部処を急所中の急所(水月)と称し、この部処に強打を受けて気を失った際には、施すべき方法がないとさえいう位である。(中村天風、真人生の探求p176~177)」

神経叢とは、多数の神経細胞が枝分かれして網状になっている部分のことで、わかりやすく言えば、生命維持するのに必要な活力の貯蔵庫のことです。神経叢は体のいろんな場所にあり、急所と呼ばれる場所は神経叢のあるところだと思ってもらってOKです。

そして、神経叢の中で一番高度な場所が心窩部(みぞおちあたり)で、解剖学的には横隔膜神経叢のある場所です。だから、心窩部には一番たくさんの活力が保留されているわけです。

古来より、武術でもこの心窩部を急所中の急所と呼び、心窩部に強打を受けて気を失ってしまったら、施すべき方法がないというくらいなのです。

活力(エネルギー)とは

「活力というものは、これを精神科学的にいえば、先ず脳髄府中の松果系(pineal gland)一名是を脳砂(brain sand)ともいうが、これに受容せられ、そして更に脳髄機構を経て、横隔膜のある則ち心窩部内の最大な神経叢に送られ、一旦これに保留された後、全身の必要に応じて各細胞に分配頒布するため、各要所に散財する各神経叢に送致されるということになっている。(中村天風、真人生の探求p177)」

活力(エネルギー)とは、精神科学的には、脳髄府の中にある松果体に受け入れ取り込まれ、そして脳髄機構を経て、横隔膜のある心窩部内の最大の神経叢に送られ、一旦ここに活力は保留されます。

そして、全身の必要に応じて各細胞に活力を配布するため、各要所にある神経叢に活力(エネルギー)が送られるという流れになっています。つまり、神経叢から活力が全身に送られるわけです。

感覚・感情の刺激・衝動で活力は放出される

「感覚や感情の刺戟衝動を受けると、その程度に応じて生命エネルギーは、必然的に相当の損失を受ける。そこでその場合この最大な心窩部内の神経叢内から、その保留した活力を急激に異常放出をする。そして生命の蒙むる損失を補填するのである。が放出すると同時に放出した分量だけ、また直ちにそれを自然の補充してくれれば、別に何の問題もないのだが、そうは行かないのである。(中村天風、真人生の探求p177)」

しかし、感覚や感情の刺激や衝動を受けると、その刺激や衝動に応じて生命エネルギーは必ず相当のダメージを受けます。

そこで、このときに心窩部内の神経叢内から、貯めていた活力を急激に異常放出し、生命エネルギーのダメージによる活力の損失を補充します。

補充するために放出した活力の分だけ、すぐに活力が自然補充されればいいのですが、そうはいかないのが活力です。

活力は失うときは瞬間的で無限、受け入れるのは時間的で有限

「活力というものは、失うときは刹那的で時として無限であり、受け入れるのには、時間的で有限なのである。(中村天風、真人生の探求p178)」

「活力というものは、失うときは刹那的で時として無限であり、受け入れるのには、時間的で有限」なのです。

これはすごい言葉だなと思っているのですが、活力(エネルギー)は失うときは瞬間的で無限に失います。しかし、活力(エネルギー)を受け入れるのは時間がかかるし、有限的だということです。受容と供給のバランスが成り立っていないわけです。

「極度の刺戟や衝動を受けて死ぬ人がある。則ち強烈な打撃を受けたとか、または極度の驚きのために…それは、その刹那無限に活力を失うからの結果なので、更に普通病の場合などを考えても、この消息はよく分かる。病には、一寸した生活の失錯ですぐになるが、これを回復せしめるのには、相当の時間がかかる、という事例だけで考えても、活力は、出来るだけ失わないように注意しなければならないものであるが、特に神経過敏の人は、より一層失う方の分量が多く、受け入れるのには有限量を、然も相当の時間を費やさなければ得られぬという有難くない傾向が顕著なのである。(中村天風、真人生の探求p178)」

これ以上ないような刺激や衝動を受けて死ぬ人がいます。強烈な打撃を受けたり、極度に驚いたために死んでしまうことがあります。これは、その瞬間に無限に活力(エネルギー)を失ってしまうからなのです。

また、普通の病の状態を考えても「活力(エネルギー)というものは、失うときは刹那的で時として無限であり、受け入れるのには、時間的で有限」ということがよくわかります。

病はちょっとした生活の失敗ですぐになりますが、病を回復させるにはかなりの時間がかかるということだけを考えても、活力(エネルギー)はできるだけ失わないように注意しなければならないのです。

特に神経過敏の人は失う活力(エネルギー)の方が多く、受け入れる活力(エネルギー)は有限であり、しかもかなりの時間をかけなければ活力が回復しないという、残念な傾向があるのです。

クンバハカはエネルギーの放出量を最小限度にしてくれる

「前記の肉体処置の方法は、この重要な神経叢の、こうした場合に於ける不測の動乱を鎮圧確保して、できるだけその安定を計り、活力の放出量を最小限度に、食い止め得るのである。(中村天風、真人生の探求p178)」

クンバハカ」は、この重要な神経叢が感覚や感情の刺激や衝動を受けた場合の動乱を鎮圧して、神経叢の安定させるようにし、活力(エネルギー)の放出量を最小限度に食い止めるものなのです。

感想

クンバハカを理解するには、神経叢と活力(エネルギー)の関係を理解することが必要です。また、活力(エネルギー)というものは、失うときは刹那にして無限で、受け入れるのには時間的で有限であることがとても大事です。

だから、クンバハカで常日頃自分を守らないと、エネルギーが瞬間的に身体からなくなってしまう可能性が高くなってしまうわけです。

クンバハカには活力の放出を最小限にしてくれる役目があるので、やはりクンバハカを習慣化させることが重要だなと気づきました。

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