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この世は怒ったり、悲しんだり、怖れたりしなければ絶対に生きていけない世界ではない件

2020年09月17日 公開

この世は怒ったり、悲しんだり、怖れたりするのが人生においては当たり前だと思っていませんか?実は、この世は怒ったり、悲しんだり、怖れたりしなければ絶対に生きていけない世界ではない件をお伝えします。

怒ったり、悲しんだり、怖れたりするのが人生なの?

「怒ることや、悲しいことや、怖ろしいことのあるのが、人生ではないかという人もあるであろう?勿論、それは、人生世界の現象界に現存する事実には相違ない(中村天風、真人生の探求p152)」

怒り、悲しみ、怖れが蔓延している日本の現代社会において、怒ったり、悲しんだり、怖れたりすることは普通の人生であると考えていませんか?

確かに人生世界の現象界において「怒り」「悲しみ」「怖れ」という消極的な感情が存在するのは事実です。

怒ったり、悲しんだり、怖れたりしなければ生きていけない世界ではないんだよ

「そうかといって、この世は怒ったり、悲しんだり、怖れたりしなければ、絶対に活きて行けないという世界ではない筈である。まして、神聖であるべき自己の心を、この種の消極的感情の奴隷に堕落させなければ、人生というものが暮らしていけないというような、そんな馬鹿げたことが、苟くも万有の根源である造物主に依って造られた秩序整然たるこの世界にあろう道理がない。(中村天風、真人生の探求p152)」

私はこれまで人生というものは怒ったり、悲しんだり、怖れたりすることが普通のことだと思っていました。当たり前のことだと思っていました。

でも、本当は違うんですよね。この世界は怒ったり、悲しんだり、怖れたりしなければ、絶対に生きていけないような世界ではないんです。

まして、神聖な我が心を「怒り」「悲しみ」「怖れ」というような消極的な感情の奴隷にさせる必要もないのです。

「怒り」「悲しみ」「怖れ」がなければ人生は生きていけないというような馬鹿げた道理があるわけないのです。

万有の根源である造物主によって作れられたこの世界に「怒り」「悲しみ」「怖れ」がなければ生きていけないといった道理もルールもないのが本当なのです。

現代社会の当たり前が本当に真理か考えよう

これは本当にすごい真理だなと思いました。ワイドショーやテレビを見ていると怒ったり、悲しんだり、怖れたりするのがさも当たり前のように語られています。

そして、そんな消極的な間違った情報を受け続けていると間違ったことを真理だと勘違いしてしまうのです。なので、現代社会の当たり前が本当に真理なのか考えることが大切だなと改めて思いました。

感想

この世界は怒ったり、悲しんだり、怖れたりしなければ絶対に生きていけない世界ではないことに気づけてよかったです。

今までの私は怒ったり、悲しんだり、怖れたりするのが普通だったので、なんて間違った人生を送っていたのだと反省しました。自分で自分を不幸にしていたんですね。なので、これからは「怒らず、怖れず、悲しまず」の精神で生きていきたいと思います。

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